今から千年程の昔、紫式部や清少納言と並び称される、平安時代の女流歌人和泉式部は、曲木の里の長者安田兵衛国康の娘として生まれました。式部は少女の頃から美しく、石川の里にこんこんと湧く清水のほとりに来ては、水鏡で顔を洗い、髪を梳ることを楽しみにしていました。式部はまた才学にも優れ、その噂は日に日に遠近に聞こえ広がっていきました。そして一条天皇の御世に、大友の久呂主卿の養女として、都に上ることになりました。京の都に上る途中、式部は今の猫啼の地に立ち寄り、湧きいでる泉の側でしばし旅の疲れをいやすことにしました。 さて、この時式部には、大層かわいがっていた病気の愛猫がいましたが、京の都に上るにあたり、猫を連れていく訳にも行かず、仕方なく故郷の地に、愛猫を置いていくことにしました。 式部が去った後、愛猫は式部を偲んで、毎日この泉のほとりに来ては啼きさけび、泉の水で浴していました。里人達は愛猫を大層哀れに思いましたが、どうしてやることもできません。仕方なく、しばらくの間静かに見守ってやることにしました。愛猫は日毎に泉に来ては啼き、水浴をしていました。不思議なことに病んだ体が痩せ衰えていくのではなく、全くその逆で、愛猫はどんどんと回復していきました。そしてとうとう病が癒えて、たいそう美しい猫になりました。驚いた里人達は、その泉に行き水を調べてみると、泉の水が霊泉であることが分かりました。早速、里人達は泉水を汲んで入浴してみたところ、様々な病に効果がありました。その後湯治場を設け、沢山の人達がその霊泉を利用しました。里の名もその愛猫の話にちなんで「猫啼」と名付けられたそうです。猫啼の霊泉は、特に痔や神経痛によく効くと言われており、一説には和泉式部の愛猫の病とは痔であったと言われています。 |
温泉データ | |
泉質 | 放射能泉、ラジウム含有量泉 |
温度 | 8.0度 |
効能 | リューマチ、神経痛、胃腸病、打身 |
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